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愛知県蟹江町

蟹江町の場所


蟹江町は愛知県の西部の海部郡の町。名古屋市の西、津島市愛西市の東、弥富市と飛島村の北、あま市の南にある。下の地図の赤色の部分が蟹江町である。



蟹江町の地図



蟹江町の人口・世帯数・面積


【総人口】  36,528人
 【男子】   18,106人
 【女子】   18,422人
【世帯数】  14,464

 

【面積】   11.10平方キロメートル
【人口密度】 3290.81人/平方キロメートル

 

(平成21年3月31日現在)

 


蟹江町の町名一覧


町名 ふりがな 郵便番号 町名(全表示)
【旭】 あさひ 497-0046 愛知県海部郡蟹江町 旭
【泉】 いずみ 497-0047 愛知県海部郡蟹江町 泉
【今】 いま 497-0032 愛知県海部郡蟹江町 今
【今西】 いまにし 497-0037 愛知県海部郡蟹江町 今西
【学戸】 がくと 497-0050 愛知県海部郡蟹江町 学戸
【蟹江新田】 かにえしんでん 497-0044 愛知県海部郡蟹江町 蟹江新田
【蟹江新町】 かにえしんまち 497-0035 愛知県海部郡蟹江町 蟹江新町
【蟹江本町】 かにえほんまち 497-0033 愛知県海部郡蟹江町 蟹江本町
【上川田】 かみかわた 497-0057 愛知県海部郡蟹江町 上川田
【北新田】 きたしんでん 497-0051 愛知県海部郡蟹江町 北新田
【源氏】 げんじ 497-0055 愛知県海部郡蟹江町 源氏
【桜】 さくら 497-0038 愛知県海部郡蟹江町 桜
【城】 しろ 497-0040 愛知県海部郡蟹江町 城
【新千秋】 しんちあき 497-0043 愛知県海部郡蟹江町 新千秋
【須成】 すなり 497-0031 愛知県海部郡蟹江町 須成
【須成西】 すなりにし 497-0036 愛知県海部郡蟹江町 須成西
【宝】 たから 497-0030 愛知県海部郡蟹江町 宝
【富吉】 とみよし 497-0058 愛知県海部郡蟹江町 富吉
【鍋蓋新田】 なべぶたしんでん 497-0042 愛知県海部郡蟹江町 鍋蓋新田
【錦】 にしき 497-0054 愛知県海部郡蟹江町 錦
【西之森】 にしのもり 497-0052 愛知県海部郡蟹江町 西之森
【八幡】 はちまん 497-0056 愛知県海部郡蟹江町 八幡
【舟入】 ふないり 497-0048 愛知県海部郡蟹江町 舟入
【平安】 へいあん 497-0053 愛知県海部郡蟹江町 平安
【本町】 ほんまち 497-0034 愛知県海部郡蟹江町 本町
【緑】 みどり 497-0045 愛知県海部郡蟹江町 緑

蟹江町の寺院一覧


【寺院名】 【寺郵便番号】 【住所】
安楽寺 〒497-0040 愛知県海部郡蟹江町城2丁目86
観音寺 〒497-0037 愛知県海部郡蟹江町今西1丁目204-1
西光寺 〒497-0040 愛知県海部郡蟹江町城2丁目80
西福寺 〒497-0048 愛知県海部郡蟹江町舟入3丁目478
龍照院 〒497-0031 愛知県海部郡蟹江町大字須成字門屋敷上1364
盛泉寺 〒497-0033 愛知県海部郡蟹江町大字蟹江本町字川西63
善敬寺 〒497-0031 愛知県海部郡蟹江町大字須成字下之割南1225
松秀寺 〒497-0036 愛知県海部郡蟹江町須成西7丁目66-1
諦聴寺 〒497-0044 愛知県海部郡蟹江町大字蟹江新田字宮ノ割102
鴻恩寺 〒497-0033 愛知県海部郡蟹江町大字蟹江本町字チノ割47-1
宝蓮寺 〒497-0037 愛知県海部郡蟹江町今西1丁目187
蓮行寺 〒497-0052 愛知県海部郡蟹江町西之森1丁目107

【本願寺とは】親鸞聖人の門弟らが聖人の遺骨を大谷から吉水の北に移し、廟堂を建て宗祖の影像を安置したことに起源する。第3代覚如上人の頃、真宗本廟は「本願寺」の寺号を名のるようになる。第8代蓮如上人は、その生涯をかけてひろく民衆に教えをひろめ、本願寺教団をつくりあげられ現代にいたる。
【正依の経典・お経】仏説無量寿経(大経)、仏説観無量寿経(観経)、仏説阿弥陀経(小経)
【四苦八苦】四苦八苦の四苦とは、生・老・病・死の四つの苦しみのこと。四苦に加え、愛別離苦(あいべつりく)、怨憎会苦(おんぞうえく)、求不得苦(ぐふとくく)、五蘊盛苦(ごうんじょうく)の四つの苦しみを合わせて八苦と言う。
【八正道(はっしょうどう)】とは、お釈迦さまが解き明かされた「苦」を滅する八つの正しい方法のこと。正見・正思・正語・正行・正命・正精進・正念・正定の八つの道である。
【仏教とは】紀元前6世紀ごろお釈迦さまによって説かれた仏になるための教え。人生は苦であるということ(四苦八苦)から出発して八正道の実践により解脱して涅槃に至ることを説く。キリスト教・イスラム教とともに世界三大宗教のひとつ。
【浄土真宗とは】鎌倉時代の初めに法然上人の弟子の親鸞聖人によって開かれた浄土教の一派。阿弥陀仏の浄土に生れて悟りを開くことを目的とし、阿弥陀仏の力で救われる絶対他力により信心だけで往生できるとする。真宗とも称し,一向宗,門徒宗などとも呼ばれる。
【真宗十派とは】真宗大谷派(東本願寺)、浄土真宗本願寺派(西本願寺)、真宗高田派、真宗佛光寺派、真宗興正派、真宗木辺派、真宗出雲路派、真宗誠照寺派、真宗三門徒派、真宗山元派
【寺院とは】仏閣、僧院ともいう。一般的には仏教において、仏像を安置し僧侶などが住み、仏道の研究や布教活動のための修行や儀式を行う場として用いる建物を指す。日本では、古くは山の中に僧侶の修行の場として寺院が建てられたが、のちにお寺は人々の住む町の中につくられ、城下町にも寺院が造られた。江戸時代には、キリスト教を禁止するため、人々はいずれかの寺院に属さなければならないとする檀家(だんか)制度ができお寺は身近なものとなった。
【お墓の歴史】現代のような墓石を使ったお墓が建てられ始めたのは江戸時代の元禄年間の頃である。ただ当時は権力者などが中心で一般の人々には縁遠いものでした。一般の人々がお墓を建てられるようになったのは、昭和の初期から戦後高度経済成長で人々が豊かになってからだと言われている。最近ではお墓の代わりに納骨堂や自然葬(散骨、樹木葬、海洋葬)なども見られる。
【納骨堂の歴史】納骨堂の歴史は古く奈良時代に発掘されたものの中にはも見受けられます。当時は霊廟と言われ、墓石が江戸時代に誕生したのに比べ納骨堂の歴史はとても永く続いています。
葬儀・葬式の歴史】葬儀の歴史は古く、数万年前のネアンデルタール人の遺跡からも葬儀らしき痕跡が発見されており、日本では縄文時代の遺跡に、腕を曲げて体を負った状態で葬られた屈葬が発見されている。現在日本では火葬が主流になっているが、7世紀以前の仏教が伝来する前は土葬が当たり前であったようである。