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【本願寺第8代蓮如上人の年表】(仏教・宗教用語)=Web公式=|真宗大谷派愛西市西光寺

本願寺第八代蓮如上人とは

蓮如上人について 蓮如上人は、応永22年(1415)に本願寺第七世存如上人のご長男として京都東山の本願寺で生まれられる。 蓮如上人が6歳の時に生母は事情があって本願寺を去られた。 その時生母は「 鹿子の御影」を絵師に描かせ持っていかれた。 永享3年(1431)に天台宗門跡寺院の青蓮院で得度され、名前を中納言兼壽と改められる。 その後、大和興福寺大乗院の門跡経覚について学ばれた。 長禄元年(1457)に父の死去に伴い、本願寺第八世の留主職を継承され、近江・北陸の教化につとめられる。 明応8年(1499)に山科の本願寺で多くの弟子や門徒たちに見守られ、85年間のご生涯を終えられた。 愛西市西光寺蓮如上人の年表

本願寺第八代蓮如上人の年表

西暦  上人年齢   出来事 
1415 1 蓮如上人、ご誕生。京都東山の本願寺で生まれられる。
1420 6 蓮如上人の生母が鹿子御影を描かせ本願寺を去る。
1457 43 蓮如上人、本願寺第八代法主を継がれる。
1460 46 蓮如上人、『正信偈大意』を著される。
1461 47 蓮如上人47歳の時、はじめて『御文』を書いて門徒を教化される。
1465 51 比叡山の衆徒が東山の大谷本願寺を破却。蓮如上人は近江堅田に移られる。
1468 54 比叡山延暦寺が近江堅田を襲撃。蓮如上人は北陸・東国を布教される。
1471 57 蓮如上人、越前吉崎に坊舎を建てられる。
1473 59 蓮如上人、『正信偈』・『三帖和讃」開板される。
1474 60 吉崎御坊、火災。
1475 61 蓮如上人、吉崎を退去される。
1478 64 蓮如上人、河内出口を出て、山科に移られる。
1480 66 蓮如上人、山科本願寺上棟。
1488 74 加賀の一向一揆。
1489 75 蓮如上人、隠居される。
1496 82 蓮如上人、大坂石山に坊舎を建立される。
1499 85 蓮如上人、85歳でご往生される。

愛西市西光寺:東本願寺阿弥陀堂

 

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西光寺開山:諦善法師】、【宗旨:浄土真宗】、【宗祖:親鸞聖人】、 【西光寺山号:夕照山】、【宗派:真宗大谷派】、【中興の祖:蓮如上人】、 【現住職:第十五代】、【ご本尊:阿弥陀如来】、 【ご本山:東本願寺・真宗本廟】 【正依の経典】仏説無量寿経(大経)、仏説観無量寿経(観経)、仏説阿弥陀経(小経)
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浄土真宗とは】親鸞聖人 によって開かれた浄土教の一派。阿弥陀仏の浄土に生れて悟りを開くことを目的とし、 阿弥陀仏の力で救われる絶対他力により信心だけで往生できるとする。本願寺は蓮如上人 により興隆した。
お墓の歴史】現代のような墓石を使ったお墓が建てられ始めたのは江戸時代の元禄年間の頃である。 ただ当時は権力者などが中心で一般の人々には縁遠いものでした。一般の人々がお墓を建てられるようになったのは、昭和の初期から戦後高度経済成長で人々が 豊かになってからだと言われている。最近ではお墓の代わりに 納骨堂自然葬 (散骨樹木葬、海洋葬)なども見られる。 またお墓を作るには、 墓地、埋葬等に関する法律及び墓地、埋葬等に関する法律施行規則に従い許可が必要となる。
納骨堂の歴史】納骨堂の歴史は古く奈良時代に発掘されたものの中にも見受けられる。当時は霊廟と言われ、 墓石が江戸時代に誕生したのに比べ納骨堂の歴史はとても永く続いている。最近ではお墓の代わりとして自然葬 (散骨樹木葬)とともに増加傾向にある。
葬儀・葬式の歴史】葬儀の歴史は古く、数万年前のネアンデルタール人の遺跡からも葬儀らしき痕跡が発見されており、 日本では縄文時代の遺跡に、腕を曲げて体を負った状態で葬られた屈葬が発見されている。現在日本では火葬が主流になっているが、7世紀以前の仏教が伝来する前は 土葬が当たり前であったようである。葬儀の形式も一般葬以外に、家族葬、生前葬、音楽葬、自由葬、個人葬、密葬、直葬などさまざまな形がある。 真宗大谷派の葬儀式はここをクリック
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【本願寺とは】親鸞聖人の門弟らが聖人の遺骨を大谷から吉水の北に移し、廟堂を建て宗祖の影像を安置したことに起源する。第3代覚如上人の頃、真宗本廟は「本願寺」の寺号を名のるようになる。第8代蓮如上人は、その生涯をかけてひろく民衆に教えをひろめ、本願寺教団をつくりあげられ現代にいたる。
【正依の経典・お経】仏説無量寿経(大経)、仏説観無量寿経(観経)、仏説阿弥陀経(小経)
【四苦八苦】四苦八苦の四苦とは、生・老・病・死の四つの苦しみのこと。四苦に加え、愛別離苦(あいべつりく)、怨憎会苦(おんぞうえく)、求不得苦(ぐふとくく)、五蘊盛苦(ごうんじょうく)の四つの苦しみを合わせて八苦と言う。
【八正道(はっしょうどう)】とは、お釈迦さまが解き明かされた「苦」を滅する八つの正しい方法のこと。正見・正思・正語・正行・正命・正精進・正念・正定の八つの道である。
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