愛西市寺院 稲葉町西光寺公式ホームページ

愛知県あま市

あま市の場所


あま市は愛知県の西部の市。名古屋市と清須市と大治町の西、稲沢市の南、津島市愛西市の東、蟹江町の北にある。下の地図の赤色の部分があま市である。



あま市の地図



あま市の人口・世帯数・面積


【総人口】  86,371人
 【男子】   43,165人
 【女子】   43,206人
【世帯数】  32,773世帯

 

【面積】   27.59平方キロメートル
【人口密度】 3130.52人/平方キロメートル

 

(平成23年4月1日現在)

 


あま市の町名一覧


町名 ふりがな 郵便番号 町名(全表示)
【石作】 いしつくり 490-1102 愛知県あま市石作
【乙之子】 おとのこ 490-1213 愛知県あま市乙之子
【金岩】 かないわ 490-1221 愛知県あま市金岩
【上萱津】 かみかやづ 490-1112 愛知県あま市上萱津
【木折】 きおり 490-1203 愛知県あま市木折
【木田】 きだ 490-1222 愛知県あま市木田
【北苅】 きたがり 490-1214 愛知県あま市北苅
【小橋方】 こばしがた 490-1212 愛知県あま市小橋方
【栄】 さかえ 490-1103 愛知県あま市栄
【坂牧】 さかまき 490-1115 愛知県あま市坂牧
【七宝町秋竹】 しっぽうちょうあきたけ 497-0003 愛知県あま市七宝町秋竹
【七宝町伊福】 しっぽうちょういふく 497-0005 愛知県あま市七宝町伊福
【七宝町沖之島】 しっぽうちょうおきのしま 497-0001 愛知県あま市七宝町沖之島
【七宝町桂】 しっぽうちょうかつら 497-0004 愛知県あま市七宝町桂
【七宝町川部】 しっぽうちょうかわべ 497-0013 愛知県あま市七宝町川部
【七宝町下田】 しっぽうちょうしもだ 497-0012 愛知県あま市七宝町下田
【七宝町下之森】 しっぽうちょうしものもり 497-0006 愛知県あま市七宝町下之森
【七宝町鷹居】 しっぽうちょうたかい 497-0014 愛知県あま市七宝町鷹居
【七宝町遠島】 しっぽうちょうとおしま 497-0002 愛知県あま市七宝町遠島
【七宝町徳実】 しっぽうちょうとくざね 497-0016 愛知県あま市七宝町徳実
【七宝町鯰橋】 しっぽうちょうなまずばし 497-0015 愛知県あま市七宝町鯰橋
【七宝町安松】 しっぽうちょうやすまつ 497-0011 愛知県あま市七宝町安松
【篠田】 しのだ 490-1211 愛知県あま市篠田
【下萱津】 しもかやづ 490-1114 愛知県あま市下萱津
【甚目寺】 じもくじ 490-1111 愛知県あま市甚目寺
【小路】 しょうじ 490-1106 愛知県あま市小路
【丹波】 たんば 490-1224 愛知県あま市丹波
【富塚】 とみつか 490-1202 愛知県あま市富塚
【中萱津】 なかかやづ 490-1113 愛知県あま市中萱津
【中橋】 なかはし 490-1226 愛知県あま市中橋
【新居屋】 にいや 490-1105 愛知県あま市新居屋
【西今宿】 にしいまじゅく 490-1104 愛知県あま市西今宿
【蜂須賀】 はちすか 490-1225 愛知県あま市蜂須賀
【花長】 はなおさ 490-1204 愛知県あま市花長
【花正】 はなまさ 490-1205 愛知県あま市花正
【東溝口】 ひがしみぞぐち 490-1206 愛知県あま市東溝口
【二ツ寺】 ふたつでら 490-1207 愛知県あま市二ツ寺
【古道】 ふるみち 490-1201 愛知県あま市古道
【方領】 ほうりょう 490-1101 愛知県あま市方領
【本郷】 ほんごう 490-1116 愛知県あま市本郷
【森】 もり 490-1107 愛知県あま市森
【森山】 もりやま 490-1223 愛知県あま市森山

あま市の寺院一覧


【寺院名】 【寺郵便番号】 【住所】
実成寺 〒490-1113 愛知県あま市中萱津南宿254
寳泉寺 〒490-1114 愛知県あま市下萱津銀杏木20
安了寺 〒497-0002 愛知県あま市七宝町遠島八幡島722
圓行寺 〒490-1113 愛知県あま市中萱津南宿254
円周寺 〒490-1111 愛知県あま市甚目寺東大門19
延命寺 〒490-1115 愛知県あま市坂牧郷30
圓龍院 〒490-1225 愛知県あま市蜂須賀北本郷1289
恩澤寺 〒497-0012 愛知県あま市七宝町下田前並18-1
覚了寺 〒497-0001 愛知県あま市七宝町沖之島中屋敷12
願正寺 〒490-1107 愛知県あま市森6丁目16-10
菊泉院 〒490-1207 愛知県あま市二ツ寺屋敷69
教泉寺 〒497-0003 愛知県あま市七宝町秋竹杁先729
玉泉寺 〒497-0013 愛知県あま市七宝町川部二屋敷22
吟松寺 〒497-0013 愛知県あま市七宝町川部246
広済寺 〒497-0004 愛知県あま市七宝町桂寺附1679
光照寺 〒490-1205 愛知県あま市花正郷中264
西光寺 〒490-1105 愛知県あま市新居屋久渕郷68
西光寺 〒490-1225 愛知県あま市蜂須賀中島1757
釈迦院 〒490-1111 愛知県あま市甚目寺東門前18
福寿泉寺 〒497-0011 愛知県あま市七宝町安松8丁目92
法華院 〒490-1111 愛知県あま市甚目寺寺西52
正善寺 〒490-1113 愛知県あま市中萱津南宿254
性徳院 〒490-1111 愛知県あま市甚目寺西大門87
正法寺 〒490-1112 愛知県あま市上萱津車屋1
地福寺 〒490-1116 愛知県あま市本郷柿ノ木87
甚目寺観音 〒490-1111 愛知県あま市甚目寺東門前24
順正寺 〒497-0006 愛知県あま市七宝町下之森屋敷639
盛願寺 〒497-0005 愛知県あま市七宝町伊福参之割9
浄慶寺 〒490-1202 愛知県あま市富塚郷9
瑞円寺 〒497-0001 愛知県あま市七宝町沖之島北屋敷7
泉正寺 〒490-1213 愛知県あま市乙之子屋敷38-1
泉龍寺 〒490-1113 愛知県あま市中萱津南宿254
善慶寺 〒490-1112 愛知県あま市上萱津車屋14
禅昌寺 〒490-1114 愛知県あま市下萱津蓮池58
桑光寺 〒490-1211 愛知県あま市篠田南組1
長福寺 〒490-1221 愛知県あま市金岩枝村25
東光寺 〒497-0005 愛知県あま市七宝町伊福弐之割36
徳念寺 〒497-0015 愛知県あま市七宝町鯰橋1丁目35
日妙寺 〒497-0013 愛知県あま市七宝町川部瀬木戸42
日明寺 〒490-1116 愛知県あま市本郷郷中57
福栄寺 〒490-1211 愛知県あま市篠田中分53
福昭寺 〒490-1214 愛知県あま市北苅郷中23
福田寺 〒490-1222 愛知県あま市木田小兵衛前68
普光寺 〒490-1105 愛知県あま市新居屋久渕郷54
法光寺 〒490-1205 愛知県あま市花正郷中66
宝満寺 〒490-1104 愛知県あま市西今宿郷内一33
法花院 〒490-1111 愛知県あま市甚目寺東門前1
法性寺 〒490-1105 愛知県あま市新居屋善左屋敷68
妙教寺 〒490-1112 愛知県あま市上萱津上野18
妙勝寺 〒490-1112 愛知県あま市上萱津上野62
唯願寺 〒490-1103 愛知県あま市栄東郷内98
蓮華寺 〒490-1225 愛知県あま市蜂須賀大寺1352

【本願寺とは】親鸞聖人の門弟らが聖人の遺骨を大谷から吉水の北に移し、廟堂を建て宗祖の影像を安置したことに起源する。第3代覚如上人の頃、真宗本廟は「本願寺」の寺号を名のるようになる。第8代蓮如上人は、その生涯をかけてひろく民衆に教えをひろめ、本願寺教団をつくりあげられ現代にいたる。
【正依の経典・お経】仏説無量寿経(大経)、仏説観無量寿経(観経)、仏説阿弥陀経(小経)
【四苦八苦】四苦八苦の四苦とは、生・老・病・死の四つの苦しみのこと。四苦に加え、愛別離苦(あいべつりく)、怨憎会苦(おんぞうえく)、求不得苦(ぐふとくく)、五蘊盛苦(ごうんじょうく)の四つの苦しみを合わせて八苦と言う。
【八正道(はっしょうどう)】とは、お釈迦さまが解き明かされた「苦」を滅する八つの正しい方法のこと。正見・正思・正語・正行・正命・正精進・正念・正定の八つの道である。
【仏教とは】紀元前6世紀ごろお釈迦さまによって説かれた仏になるための教え。人生は苦であるということ(四苦八苦)から出発して八正道の実践により解脱して涅槃に至ることを説く。キリスト教・イスラム教とともに世界三大宗教のひとつ。
【浄土真宗とは】鎌倉時代の初めに法然上人の弟子の親鸞聖人によって開かれた浄土教の一派。阿弥陀仏の浄土に生れて悟りを開くことを目的とし、阿弥陀仏の力で救われる絶対他力により信心だけで往生できるとする。真宗とも称し,一向宗,門徒宗などとも呼ばれる。
【真宗十派とは】真宗大谷派(東本願寺)、浄土真宗本願寺派(西本願寺)、真宗高田派、真宗佛光寺派、真宗興正派、真宗木辺派、真宗出雲路派、真宗誠照寺派、真宗三門徒派、真宗山元派
【寺院とは】仏閣、僧院ともいう。一般的には仏教において、仏像を安置し僧侶などが住み、仏道の研究や布教活動のための修行や儀式を行う場として用いる建物を指す。日本では、古くは山の中に僧侶の修行の場として寺院が建てられたが、のちにお寺は人々の住む町の中につくられ、城下町にも寺院が造られた。江戸時代には、キリスト教を禁止するため、人々はいずれかの寺院に属さなければならないとする檀家(だんか)制度ができお寺は身近なものとなった。
【お墓の歴史】現代のような墓石を使ったお墓が建てられ始めたのは江戸時代の元禄年間の頃である。ただ当時は権力者などが中心で一般の人々には縁遠いものでした。一般の人々がお墓を建てられるようになったのは、昭和の初期から戦後高度経済成長で人々が豊かになってからだと言われている。最近ではお墓の代わりに納骨堂や自然葬(散骨、樹木葬、海洋葬)なども見られる。
【納骨堂の歴史】納骨堂の歴史は古く奈良時代に発掘されたものの中にはも見受けられます。当時は霊廟と言われ、墓石が江戸時代に誕生したのに比べ納骨堂の歴史はとても永く続いています。
葬儀・葬式の歴史】葬儀の歴史は古く、数万年前のネアンデルタール人の遺跡からも葬儀らしき痕跡が発見されており、日本では縄文時代の遺跡に、腕を曲げて体を負った状態で葬られた屈葬が発見されている。現在日本では火葬が主流になっているが、7世紀以前の仏教が伝来する前は土葬が当たり前であったようである。