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西光寺歴代住職一覧

前住職(第14世住職) 前々住職(第13世住職) 前々々住職(第12世住職)
前住職(第14世住職) 前々住職(第13世住職) 前々々住職(第12世住職)
無上院釋正眞法師 願力院釋開運法師 至心院釋湛然法師
1931年-2014年 1879年-1961年 1848年-1914年

歴代 住職名 往生年月日 往生西暦 行年 誕生西暦
西光寺開山 諦善法師 文永9年 1279



第一世 本誓院釋西元法師 明應3年3月3日 1494

第二世 光徳院釋真敬法師 延宝7年12月18日 1679 95歳 1585
第三世 西光院釋長元法師 延宝9年8月21日 1681 93歳 1589
第四世 西雲院釋景圓法師 享保14年8月11日 1729 93歳 1637
第五世 顕照菴釋義夫法師 安永7年3月21日 1778 89歳 1690
第六世 西帰菴釋子憲法師 文化4年10月27日 1807 88歳 1720
第七世 本帰菴釋圓隆法師 文化4年12月1日 1807 45歳 1763
第八世 家静菴釋敬道法師 文政2年7月22日 1819
第九世 雲楽菴釋苔巖法師 文政11年3月11日 1828 25歳 1804
第十世 應供菴釋等正法師 嘉永5年11月27日 1852 60歳 1793
第十一世 信楽院釋成正法師 明治22年3月2日 1889 67歳 1823
第十二世 至心院釋湛然法師 大正3年7月11日 1914 67歳 1848
第十三世 願力院釋開運法師 昭和36年8月28日 1961 83歳 1879
第十四世 無上院釋正眞法師 平成26年8月19日 2014 84歳 1931
第十五世 現住職        
第十六世 現副住職        

【本願寺とは】親鸞聖人の門弟らが聖人の遺骨を大谷から吉水の北に移し、廟堂を建て宗祖の影像を安置したことに起源する。第3代覚如上人の頃、真宗本廟は「本願寺」の寺号を名のるようになる。第8代蓮如上人は、その生涯をかけてひろく民衆に教えをひろめ、本願寺教団をつくりあげられ現代にいたる。
【正依の経典・お経】仏説無量寿経(大経)、仏説観無量寿経(観経)、仏説阿弥陀経(小経)
【四苦八苦】四苦八苦の四苦とは、生・老・病・死の四つの苦しみのこと。四苦に加え、愛別離苦(あいべつりく)、怨憎会苦(おんぞうえく)、求不得苦(ぐふとくく)、五蘊盛苦(ごうんじょうく)の四つの苦しみを合わせて八苦と言う。
【八正道(はっしょうどう)】とは、お釈迦さまが解き明かされた「苦」を滅する八つの正しい方法のこと。正見・正思・正語・正行・正命・正精進・正念・正定の八つの道である。
【仏教とは】紀元前6世紀ごろお釈迦さまによって説かれた仏になるための教え。人生は苦であるということ(四苦八苦)から出発して八正道の実践により解脱して涅槃に至ることを説く。キリスト教・イスラム教とともに世界三大宗教のひとつ。
【浄土真宗とは】鎌倉時代の初めに法然上人の弟子の親鸞聖人によって開かれた浄土教の一派。阿弥陀仏の浄土に生れて悟りを開くことを目的とし、阿弥陀仏の力で救われる絶対他力により信心だけで往生できるとする。真宗とも称し,一向宗,門徒宗などとも呼ばれる。
【真宗十派とは】真宗大谷派(東本願寺)、浄土真宗本願寺派(西本願寺)、真宗高田派、真宗佛光寺派、真宗興正派、真宗木辺派、真宗出雲路派、真宗誠照寺派、真宗三門徒派、真宗山元派
【寺院とは】仏閣、僧院ともいう。一般的には仏教において、仏像を安置し僧侶などが住み、仏道の研究や布教活動のための修行や儀式を行う場として用いる建物を指す。日本では、古くは山の中に僧侶の修行の場として寺院が建てられたが、のちにお寺は人々の住む町の中につくられ、城下町にも寺院が造られた。江戸時代には、キリスト教を禁止するため、人々はいずれかの寺院に属さなければならないとする檀家(だんか)制度ができお寺は身近なものとなった。
【お墓の歴史】現代のような墓石を使ったお墓が建てられ始めたのは江戸時代の元禄年間の頃である。ただ当時は権力者などが中心で一般の人々には縁遠いものでした。一般の人々がお墓を建てられるようになったのは、昭和の初期から戦後高度経済成長で人々が豊かになってからだと言われている。最近ではお墓の代わりに納骨堂や自然葬(散骨、樹木葬、海洋葬)なども見られる。
【納骨堂の歴史】納骨堂の歴史は古く奈良時代に発掘されたものの中にはも見受けられます。当時は霊廟と言われ、墓石が江戸時代に誕生したのに比べ納骨堂の歴史はとても永く続いています。
葬儀・葬式の歴史】葬儀の歴史は古く、数万年前のネアンデルタール人の遺跡からも葬儀らしき痕跡が発見されており、日本では縄文時代の遺跡に、腕を曲げて体を負った状態で葬られた屈葬が発見されている。現在日本では火葬が主流になっているが、7世紀以前の仏教が伝来する前は土葬が当たり前であったようである。